奈良県吉野郡天川村洞川 信濃からの帰り道、ちょいと寄り道すれば吉野へ入れる。しかし、カーナビを見てびっくりした。約550kmあるではないか。東京から神戸くらいの距離だぜぇ〜これは。どういうわけか、あんまり遠いという感じがしなかったので、朝はゆっくり出てしまった。まじめに考えるとチョイヤバな距離だな。名神は工事渋滞が続いているようだし。名古屋から名神通らずに四日市〜津などを経由するルートの方が早いような気がした。吉野の山道を夜に疲れて走るなんてあんまり好きぢゃないよなぁ〜。でもしゃぁないか。 行きと同じく、梓川SAで地図を広げて検討したってもんです。名古屋から南へ下ろうと。結果的にこれが大成功でした。名古屋から41号線沿いに高速にのって、ちょっとだけ一般道を走ったのがもう、午後も遅かったが、名阪国道という25号線に入ったら、これがハイウエイ並の素晴らしい道で、スイスイ、ガンガン走れて、午後6時頃には奈良県桜井市に到着してしまった。こっからなら1時間半もあれば目的地へいけるはず、と思った瞬間道を間違えて、20分ほどロスタイム。 なんとか、洞川へ着いたのが午後8時前だったと思う。お好み焼き屋で師匠と久しぶりの食事をするうちに、疲れも飛んだ。 翌朝は雨だれの音で目覚めた。ここも山。雨はつきもののようだ。とても釣りが出来るようなナマ易しいものでなかったので、あちこちのポイントを視察するだけとした。 今まで地図でしか、お目に掛かったことのない渓は喩えようも無く美しく、まるで天国に来たような気がしたものである。あちこちに、この雨にもめげず釣りをしようと頑張っている人たちの車が止まっていたし、実際、渓に入って竿を出している姿も散見された。雨による濁りはほとんど見られず、濡れることさえいとわなければ、釣りを楽しむことが出来たようであった。
川迫川本流 ところが、一転、午後からは晴れ上がって釣り日和となった。ようこそ、洞川へという看板が道路の上に掛かっているところから上流へ入った。最初の一尾はアマゴ。その後はニジマスばかりが掛かる。はて、アマゴとニジマスの釣りわけはどうするんだっけ? そんな技があるのだろうか?と考えてもどうも居る場所を見分けることぐらいしか思いつかないまま、鱒ばかり釣って日が暮れた。夕方には、右足が岩に挟まったまま、移動しようとして見事!うつぶせに川の中で倒れこんだ。冷てぇ〜。いやんなっちゃうよなぁ。爺になるとこれだもんな。びしょびしょだ。 翌朝は、雨上がりの朝だった。早々に朝飯を済ませていると師匠が現れる。今日は帰宅する日と決めていたので、少しだけ竿を出して・・・ということにした。師匠、この淵から下にポイントが幾つもあるからそこを攻略するようにと言い置いて大きな虹鱒を釣ったあと、姿を消してしまった。確かにポイントとしては一級なのだが、オイラが釣るとアタリはあるものの、針に乗らぬ。上の淵を狙ったり、時間を置いて下の淵へなどと繰り返していると、師匠がスーパーのビニール袋をブラさげて帰ってきた。なんと、小一時間の間に、沢山釣っているではないか?! さては、オイラの知らないポイントを次々攻略して来たに違いない。27cmの岩魚初め、24cmくらいの雨の魚なんかが入っている。悔しいなぁ。 これをお土産にして洞川を後にしたのが昼前だった。
こっそりと秘密の仕掛けに凝る師匠。 今回も長旅になってしまったな。知らない川を次々と釣り歩くのって結構疲れるものである。岩の具合、渓の具合、木の生え具合、みんな違うし、普段通っている川とももちろん違う。 二日に一回は300kmを越えるドライブをしなきゃならん。泊まり場所にも気を使う。次第に疲れが蓄積されてくる。それでも、少しづつでも経験を重ねているという実感はあるもんだ。メガネに逃げられたり、川で転んだり、餌箱落としたりしながら結婚式に始まる1週間があっという間に過ぎ去った。やっと、こうして旅日記を書くことが出来たのである。 今回、つくづく考えたことがある。それは自分の周りの環境(山も川も何もかも含めて)や身の回りで起きることすべてが、実はとんでもない必然性の元に存在しているのではないか?という直感である。 まず、自分の存在について;今の自分がここにあるということは、自分の両親がいたからである。両親たちがいたということは、そのまたそれぞれの両親達が生存していたからである。この連鎖を辿ると今自分が生きているためには2の何十乗、否何百乗もの先祖が誰一人欠けることなく、絶対的な時間と場所で生きていなければならないことになる。 いま自分の周りに存在する動物、犬や猫、ダニや蛇、蚊やノミ、あるいは目に見えない生き物達。彼らだって今生きているのは、人間とまったく同様な絶対的な時間と空間に生きてきた先祖達の存在によって生かされている。植物にしたって同じだ。先祖としての種子の存在にすべて現在が支えられている。自動車なんて機械ですら こうした人々の営みから生み出されて必然的に一生を全うしているものであろう。さすれば、本当に世の中の森羅万象が、ある種の必然性の元に存在していると言っても間違いではない。運命を切り拓くとは、より良い必然を生み出すために自分の生き方を変えていくことなのではないだろうか? 悪く生きるも必然、より良く生きていくのも別の必然である。 昔から偶然と必然ということについては、かなり神経質に考えるほうだった。人間は何か運命的な必然性の元にこの世に生まれたのであろうか?それとも、ダーウィンの進化論で言われるように偶然の進化のもとに地球上に生まれた種なのであろうか?必然的に生まれたものであれば、人間が生きる目的があるはずだと。逆に科学的な態度にしたがって偶然生じたひとつの種であるなら、そこにはなんら目的などないと。 しかし今、こういう偶然か必然か?という議論は不毛のような気がする。要するに偶然が必然なのである。それを分けてみたところでなんら得るものは無い。日々の営みの積み重ねが必然を生み、そういう努力が出来るのは偶然なのだと。旅の終わりにそんなことを考えるようになった。人間が生きているための必然的目標などなく、生きた結果が目標になっているのだと。 今生きることが出来る偶然には大いに感謝をしなければならないと。
淡路島北端から神戸方面を振り返って。 Thursday, 2007-06-07 |
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