納竿の釣


 今日は秋分の日、お彼岸の中日である。

 今年も半年、一日として釣のことを

思わなかった日は無い。

渓流を思い焦がれる

釣り人にとって、禁漁が近くなり、

やがてその日を迎え、そして静かな日々へと

推移するこの時期は格別なものがあるのではと思う。

心騒いだ解禁から盛期を経て、終盤へ・・・今年の釣は・・・

来期はもっと進化するだろうか・・・それにしても川の荒れようは

どうだ・・・あと数十年も渓にはアマゴ達が棲み続けられるだろうか。

美しい渓魚を追うことは本当に正しいことなんだろうか・・・・などなど

それぞれに考えることはいろいろであろう。ベテランからビギナーまで

渓やそこの住人に対する思いは多岐に亘るであろうが、皆、渓に

たたずみ、川を見ること、山を見ること、谷を渡る風に吹かれる

ことが大好きだ。流れを横切り、岩をよじ登って上流を目指す

時には足を滑らせて転び、竿を折ってはベソをかきながら

眼は輝いている。冷たさにシビレ、雨に打たれても、

やアブに迫られても一向に止めずに渓へ通うのは

何故だろう?美しい魚に出会いたいのは勿論

だが、どうもそれだけではなさそうだ。

やはり、非日常性を求める心。

裸の自分と向き合いたい

そんなことだろうか。

多分そうだ。

了解!


今日は納竿日と決めた。

あの山の彼方へ。珍しく、朝早く起きた。といっても今既に7時を回っている。サンドイッチを買ってすぐ食べる。昼用に飲み物とオニギリ2個を仕込む。

このちょっと下から川に入った。

秋の木漏れ日が流れに砕け散っている。なんてぇ、美しさだろう。これなんですね。一番のご馳走は!しばらく見とれていた。遡上するにつれて、どんどん、自分が裸になっていくのを感じる。ゴミを捨てるも拾うも自分次第。あらゆることが自分の責任の下で起きる。裸の自分って一体どういうヤツなんだ?

この時期、コケは滑らない。もう少し上で必ず出るぞ!!と言い聞かせながら身をかがめた。出た!しかし小さい。

早い速度で流れる筋と、その脇で渦を作って元へ戻ろうとする流れ・・・・その接点に向けて糸を振り込む。明らかなアタリが!水中で反転する白銀の輝き・・・今度は大きいぞ。

美人だなぁ・・・8つのパーマークスを持った可愛い子。ここで腰を下ろして一休みだ。リュックからポカリスエットを出してグビリ。水の中はどんなだろうとカメラを入れて見た。

水面に浮いた枯葉がいかにも秋を思わせる。魚から見れば、餌や仕掛けは丸見えだ。細い透明な糸がやはり良さそうなことが判る。

初秋の穏やかな日差しに蜘蛛の巣が輝く。今年も終わりだなぁ・・・・感傷が流れる。あちこちで釣をすることが出来た幸せをかみ締めるひと時であった。

堰堤を越えたら浅い流れがあった。午後の逆光の中、今年の釣はとても静かに終わった。

美しい渓流は、みんなの偉大なる資産だ。釣をしようとすまいと、それは変わりない事実。

釣を通して、より身近にそれを知る者は、釣をせず、渓流の素晴らしさに未だ接していない

人たちのためにも、もっと責任感強く渓流に接しなければならないと思う。

つまり、知る者が、知らない者に対して負う義務として抱くべき思いである。

来年はもっともっと裸になって、そう、フンドシ一丁の釣を目指そう。


土曜日 09/30/2006

 

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