あまご釣り

2004年になって、釣り熱が昂じてきて弱っている。晴れた日はなんともないのだが、雨の降った後やちょっと雨模様という日には、気分が落ち着かない。洗面所で自分の顔を見てもなんだか強欲な顔つきをしてるから始末が悪い。こんな風になってしまったのは、悪い先輩が今までやったことも無かった釣りなどに誘ったからに他ならない。5月に入り、もうすぐ川は鮎釣り一色になるに違いない、あまごのシーズンも終わってしまうなどと素人考えに焦りさえ加わって、これはなんとか清流へ行かねばならぬ、行かねばならぬのぢゃ・・・と心に決めたものだ。川は前から決めてあった。徳島県で名川として知られた海部川だ。海部町という場所はわが町高松から、まっすぐ南下したところに位置する。直線距離にしてみれば、実に近いのだ。だが、現実的なルートは四国の東のはずれの徳島まで東行し、そこから国道55線で今度は南西に向かうという大いなる迂回が求められる。まっすぐ南下できるのは、もう明日死んでも構わん!と決意した人だ。阿讃山脈、四国山脈と二つの山を越えるひどい悪路をいくしかない。地方の高速道路を整備するより、こうした山越えの道を整備していただいたほうが、われわれにとっては意義深い。

ゴマメが歯ギシリする思いで、高速道路を徳島へひた走る。さらに55線を南下していく。海南市を過ぎて海部町へ入ると、193号線を北へ進む。大きな橋を渡って海部川を越えた。

空はあくまで澄み切り、水はあくまで青い。これが海部川だ。海部へ着く前には、日和佐という町を通る。海亀の産卵で名の知れた場所だ。つまり、この地は太平洋にも大変近いところに位置していて、およそ水遊びには困らないものと見た。

支流に入って、砂利道を進む。足元の良いところで川に入ってみる。昔はこんな川があちこちにあったのだが・・・

いかにも、ターゲットが気持ちよく棲んでいそうな、渓流でしょう?ところがぜんぜん掛からないんだなぁ、これが。

やっぱ、腕が悪いということなんでしょうね。アマゴ釣りって、入渓や仕掛け、振込みにうんと神経使わないと駄目らしい。

落ち込みの連続で渓相も良く、とても気持ちが良いが、なにしろ天気が良くて、相手からも丸見えなのが辛い。

もう、こうなりゃアマゴなんか釣れなくたって構わん!どっぷり美しい川と戯れてやれ!といって川の中で尻餅をついてしまった!!もう、こりゃだめだ。馬鹿な動物が川の中で暴れてるから、半日ほど岩の下で休みましょうヨ・・・なんて言ってるアマゴたちがいるに違いない。

愛車のBJもなんだかうれしそうに見える。兎に角誰も居ない沢だ。これでよいのだ。釣れなくても。

本当の楽しみは宿屋の晩飯なんだねぇ。地方のひなびた宿では、有名一流旅館(ホントは行ったことない!)とは違った食べ物を楽しむことができる。この日のメニューをお見せしよう。ビールと酒はお見せしないことにする。どれだけ飲んだかバレるといけないから・・・

宿の食事。その1:たらの芽のてんぷらがまだあった!煮物には海部らしい海草も入っている。蕗もうまい!

カメラの具合が悪く、どれもピントが甘いが、その2:アジの刺身はさすがに海の香りがした。

その3:子鮎を焼いてから軽く煮たもの。まだ暖かくて、これは美味であった!

その4:山菜の和え物だが、これにもタラの芽が・・・

その5:こっちは海の産物。モズクだが新鮮なのに驚いた。

その6:アマゴの幽庵焼き。めちゃうまい。

実はこの下に鮎の塩焼きがあるんだが、食いついてしまって、”銀次郎の歯型つき”という代物なので不敬罪に相当するといけないので割愛しました。


しかし、日本の川はずいぶんと荒れてしまっているのが現状らしい。理由は山や植物の保護という名目で、森林材を切り出すための道路作りにある。1m道路作ったら幾らと地方自治体から金がでる。

ところが、現実には道路を作る際に、ブルドーザなんかが掘り起こした土砂はそのまま川に捨てたり、間伐材を処理せずに谷に放り込むといったまるで無神経な作業が行われていって、だんだんと川に土砂が堆積するようになった。

つまり、天然の魚が卵を産むための環境が悪化の一途をたどっているのだ。まして、堰堤(エンテイ)などの大きな段差をこしらえているから、大きな魚が上流へ遡上出来ない。

地元の方の話では、山を保護する、森林を大切にするなどと聞こえの良いことは言うが、実態は山は壊されているのだと言う。

川は壊されて天然のアマゴやヤマメは棲めなくなっている。釣り人は鮎へと向かう。鮎は人工的に養殖されたものが大量に放流される。釣り人はそれを釣って喜ぶ。養殖鮎も経済効果を考えると、それに適した交配を受けたものが増えていて、実に病気に弱い鮎なのだそうだ。

なんか間違ってないかなぁ・・・・・???

人間の見た目には川の水は美しく澄んでいる。でも、本当の川ではない。人間が汚染した川で人間の欲望のもとで養殖された、一夏だけが目的の魚が悲しく釣られていく川。

今のニッポン。これに類する話が多すぎるとは思われませんか?何を変えれば、まっとうな自然保護が進むのだろうか?

これには国民一人一人が自分の頭で考え、政策を判断できる強靭さを身につけなければならないのでしょうね。それには何を学校で教育すべきか?なんて考えるから良くない。毎日子供と接し、鏡と見られる親が自分の生き様で、つまり背中で子供に教えていくしか無いのでは?親としての大人が正しい判断が出来なければ普段接している子供が正しく育つわけが無い。学校での教育問題へすりかえて収まることではないでしょうねぇ・・・  June 06/2004


 

   
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